クロバアをレターに封じ友に送る
たはむれのごと
真剣のごと
「レター」かあ。手書きのものが最後に我が家に届いたのはいつ、ってくらい今や絶滅寸前だ。もちろん請求書や宣伝メールは来る。それらだって封を切るのはひどく面倒だ。開封のついでに中身まで破ることもしばしば。もらったナイフは普段目の前に転がっているのに、手紙が来ると行方不明になる。ほんとにレターは面倒だ。
さて、上の短歌の詠み手は金子文子。彼女の作品の中で最も可憐な歌だと思う。皇太子(後の昭和天皇)爆殺を企てた容疑で逮捕され、ニヒルを矜持とし、最後は獄中自殺という形で、23歳にしてハードボイルドにこの世を去った無政府主義者の、これも一面なのだ。
作品の背景は学者の研究に譲り、うたの中身を気ままに味わおう。うら若き女性がしたためた手紙と、その中にそっと添えた「クロバア」がモチーフ。「友」という(たぶん)男性に、なんともわくわくする封書を送ったことになる。文面はどんなだったろう?もちろんこの歌ではない。この歌はそんなレターを送る自分を俯瞰して詠んだ、他者への報告かはたまた昔を懐かしんだもの。
その本文は当然ラブレターだったはず。書き手は淡く押し気味の恋愛感情をふと見つけたクロバアを言い訳に相手に伝えようとした。彼女にとってその恋が実るかどうかは二の次で、気持ちを書き綴ったことが、とても愉快だったのだろう。だから後にか同時に、歌が心に浮かんだ。
さてここで、恋文初心者の差出人は「真剣」か「たはむれ」かと、こざかしく策を弄した。しかし、どちらにとるかは読み手の思い次第。残念! 一般に恋文の書き手は、書く前、書く最中、書いた後、投函するとき、さらに届いたと思しき頃合いに至って、いよいよ激しく悶々とする。その点、金子文子も例外ではないはず。
だってレターに負けず劣らず面倒なのが恋愛なんだからしょうがない。さすれば恋文などは面倒の自乗で、よるまいぞ、よるまいぞのシロモノのはず。なのに、神が与えた種族保存の本能が我々にその面倒を乗り越えさせるのか・・・実のところ、ラブレターほど書いていて楽しい文章はこの世にないのだ。みんな誰かを相手に思いを伝え、きっと悶々としたいのだろうね。
(金子文子が残した短歌から好きな5本を選びエッセイのネタとします。これはその2本目。改行などの短歌の表記は以前書評した大田美和著「金子文子 獄中のうた」に準拠しました。)
【金子 明】